世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情　―真贋をめぐる大騒動―

それは、史上最も高額がつけられたワインだった。

1985年、ロンドンのクリスティーズ。非常に状態のよい「シャトー・ラフィット1787」に、部屋じゅうがざわめいた。クリスティーズで競売にかけられたなかで最も古い赤ワインというだけでなく、アメリカ第3代大統領トーマス・ジェファーソンが所有していたとされるワインの一本なのだ。ボトルは10万5000ポンド（当時の為替レートで約3000万円）でアメリカのフォーブス家の手に渡った。

ところが、すぐにこの「ジェファーソン・ボトル」の信憑性に疑問の声が上がり始める。ジェファーソンの研究家が史料的な裏付けがないと言いだしたのだ。ボトルを持ちこんだドイツの希少ワインコレクター、ローデンストックは、パリのとある邸宅の地下の隠し部屋から見つかったものだと言うが、それ以上は口をつぐんだままだ。ナチスが隠していた略奪品だったという噂もある。しかし……じつは手の込んだ詐欺だったのではないか？　ローデンストックは、ラフィット1787を含めて数十本の「ジェファーソン・ボトル」を売却し、多額の利益をあげているのだ。

お墨付きを与えたクリスティーズの競売人、ワインを飲んだコレクターや評論家たち、ボトルを購入して訴訟を起こしたアメリカ人実業家……。謎に満ちたワインにいまも翻弄される人々を描いたノンフィクション。